HR RUNNERS記事

〈HR RUNNERS vol.4〉労務の視点でみた、新しい時代の人事②

ーーここ数年の働き方の変化、そしてコロナ禍を機とした在宅ワークの定着に伴い、求められる労務管理の方法、人事部として持つべき「新しい視点」とは何か。

HR RUNNERSは、HRの前線を走る第一人者からお話を伺い、“これからの時代の働き方や組織の在り方”とは何なのかを皆様と一緒に考える対談企画です。第4回のテーマは第1回に引き続き「労務の視点でみた、新しい時代の人事施策」。今までの労務とこれからの労務、採用や人材育成において必要となる労務的な視点、労務の視点でみた事業部と人事部の新しい関係など、第1回に引き続き、多くの企業のリアリティを知るプロフェッショナルである株式会社ミナジンの野崎さんをお招きし、様々な角度から話を伺いました。
※本対談記事は、9月15日に開催したオンライントークライブより編集したものです。
※対談当時の情報ですので、現在は制度やお取り組みが一部変更になったものもあります。

——-

Profile
野崎 友邦 氏
株式会社ミナジン 取締役副社長
慶應義塾大学卒業後、株式会社京都銀行に入行し、約10年間、法人融資営業、新規顧客開拓に従事。その後、株式会社ミナジン(https://minagine.jp/)入社。営業部部長、管理部部長などを歴任した後、取締役就任。現在はHRクラウドシステム部門、顧問サービス部門の事業部統括を行い、システムと人事のプロを組み合わせたサービスの構築、事業提携などを通じて、企業の人事労務課題の解決を推進している。

〈聞き手〉
楠本 和矢
HR Design Lab.代表 博報堂コンサルティング 執行役員
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括として、クライアント企業に深くコミットするアプローチのもと、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、HR Design Lab.代表として、「マーケティングとHR領域の融合」をテーマに、現場での実践に基づいた様々なHRソリューションを開発提供。特に、組織の創発力強化・生産性向上を目的とした取組みに注力。

——-

労務の役割とは

楠本:本日は第1回に引き続き、株式会社ミナジンの野崎様をゲストにお迎えしました。今回も前回に引き続き、「労務の視点でみた、新しい時代の人事施策」をテーマにお話を伺いたいと思います。いきなりですが、ミナジンという会社の名前の由来を教えていただけますか。

野崎さん(以下、敬称略):「みんなの人事部」を略してミナジンです。元々、「労使」というと対立軸で話されることが多く、それがしっくりきていませんでした。対立軸ではないところでサービスを作っていきたい、そんな気持ちを込めて、みんなの人事部「ミナジン」と名付けました。

楠本:素敵な名前ですね。人事を俯瞰的に見ながら労務に注力されているミナジンの野崎さんです。まずは、「労務とはそもそも何なのか」ということを整理するところからお願いできますでしょうか。

野崎:「社員に自社が思うなんらかの好ましい行動を取ってもらう、それを促す」ということが人事部門の役割だと思っています。例えば、「リーダーシップを発揮して欲しい」ということもそうですし、「毎日打刻をして欲しい」というようなことも含めて、何らかの行動を促すのが人事の役割です。
人事というと管理と思われがちですが、管理はアプローチ方法のひとつです。好ましい行動を取ってもらう時のアプローチ方法には幅があると思っています。カルチャーや理念、組織行動などを念頭に置きながら仕事をするのが人事寄りの仕事で、その中でも制度を作って運用していく、というのが労務の役割ではないでしょうか。

 

労務管理の多様化と柔軟化

楠本:では、あらためて本題に移らせていただきます。コロナ禍で働き方が激変している中で、「今までのやり方に限界が来ているのではないか」と感じている方も多いと思います。労務はどのように変わってきているのでしょうか。

野崎:価値観やライフステージ、ライフスタイルなど、社会全体の多様化、それを受けて労務管理も「多様化」「柔軟化」というのがすごく進んでいます。特に柔軟化というのは、会社としては手綱を緩めて、社員の方々にある程度、自分自身のハンドリングをしてもらうということになります。そのため、「管理」業務としてはすごく難しく、複雑になってきていると思います。
特に「女性の労働力をもっと活用していこう」という場合に、いろいろな柔軟な勤務形態が出てきていると思うのですが、そうなってくると、会社で全て管理することは難しいですよね。一人ひとりに合わせることはできないので、ある程度の枠を決めて後は本人に任せる、という柔軟化が必要になってきています。

楠本:柔軟化することによって運用上の難しさが出てきそうですが、総じてどんな声が聞こえていますか。

野崎:今は過渡期ゆえに、「苦労している」「大変だ」という声の方が圧倒的に多いです。労務の担当者の方からすると、「制度を作っても思うようにいかない」「会社が思う好ましい行動を社員が取ってくれない」ということが多くなります。
そういった中で、さまざまなコミュニケーションが社内でも起こると思うのですが、事業部と人事部の関係が少しギスギスしてしまうような、あまり良好な状態ではないということがあると思います。

 

コンセンサスの必要性

楠本:当然、人事や労務は期待に応えようと制度を多様化しているわけですが、なぜその熱い思いは人事部に伝わらないのでしょうか。

崎:「コンセンサスがない状態」だからだと思います。昔は、わかりやすく言えば「終身雇用」とか「年功序列」とか「賃金制度」とか、制度運用のベースには労使の間でもっとコンセンサスがありました。ところが現在は、「制度を作ったのでルールを守ってください」というだけではなかなかうまくいかなくなってきています。
例えば、ここ数年の間に、割と大きな会社がフレックス制度を廃止する、というニュースが立て続けに流れることがありました。なぜフレックス制度を廃止するのか、というのを見ていくと主な原因は2つありました。「会議の設定に難儀する」とか「顧客へのサービスが低下する」ということです。また、36協定とか多重労働の問題で、人事が「うちの36協定は45時間だから残業を減らしてください」と言うと、事業部の方は「人事が現場のことも知らないで残業を減らせとだけ言ってくる」となります。このような事例が増えています。
フレックス制度にしても、「フレックスなのになぜ決まった時間に会議に行かなきゃいけないのか」と思う人もいれば、「いや、仕事なんだから当たり前でしょ」と思う人もいて、まだら模様になってしまっているのが今の時代ではないでしょうか。ここにコンセンサスがない会社がフレックスを廃止しているのだと思いますが、固定勤務になったら会議に参加して、固定勤務にしたら顧客サービスが向上する、というのは本来少しおかしいのではないか、というのが私の感想です。

楠本:制度が悪いからそういう歪みが生まれた、だから元に戻そう、という「制度のレイヤー」で解決しようとしているけれども、それではダメだということですね。

野崎:そうですね。労務部門の仕事でありがちなのですが、制度に問題があったら更なるルールを追加したり徹底したりする、という方向で問題解決を図ろうとしがちです。労務がそういうことをすると現場が大変で、その不満がマネジャーレベルにいき、多大な調整コストが発生してしまいます。
コンセンサスがないと、個人のそれぞれの自由な解釈が成り立ってしまいます。そうすると、組織として何かをしようとするときに、いろいろな歪みが出てくることになります。

 

セルフマネジメントの重要性

楠本:コロナ禍での働き方の変化に伴って、今までの労務が難しくなってきているというお話ですが、今後はどのようなことに取り組んでいかなければならないのでしょうか。

野崎:「テレワーク」「在宅勤務」になると、上司と部下の関係であっても、人事部と事業部の関係であっても、社員が目に見えない状態になります。こうなると、いかにセルフマネジメントをしてもらい、その上で問題が生じないような状況をどう作るかということになります。コンセンサスが得られているという前提で、一人ひとりがしっかりと考えてセルフマネジメントする必要があると思います。
一方で、見えなくなると人間は不安になります。不安や不信というのは管理強化に向かう源泉のようなもので、セルフマネジメントとは全然違う方向に向かうこともあります。社員のPCのログを取ったり、インカムで定期的に写真を撮ったりするなど、社員が本当に仕事をしているのか、という証拠を会社に送るようなシステムも出てきています。

 

楠本:「全従業員のデスクトップを管理できる」と爽やかにCMしているものもありますが、ちょっと恐ろしいですよね。この対極にあるのがセルフマネジメントということでしょうか。

野崎:セルフマネジメントを言葉通りに解釈すると、「本人の自由に任せる」ということになりますが、自由放任を意味しているわけではありません。「会社のカルチャーや理念に近いところで判断を行ってもらう」という状態を作る、つまり「カルチャーによるマネジメント」が、組織マネジメントとしてのセルフマネジメントではないかと思います。
例えば、営業で外出が多い社員というのは、テレワークと一緒です。安心して見ていられる社員と、「あいつはどこで何をしているんだ」という社員がいます。それと一緒で、安心して見ていられる社員というのは、マネジャーが思っている価値観と近いところで判断をしている社員ということではないでしょうか。

楠本:いくら制度を作ってもどこかに抜け道があるから、その行間を埋めていくのがコンセンサスで、そのひとつがカルチャーだということですね。理念やカルチャーを労務の担当者が単独で作ることは難しいと思いますが、どのように労務のエッセンスを入れていくのがいいのでしょうか。

野崎:今までは理念やカルチャーを作る時、お客様や株主などの「ステークホルダー」が切り口だったと思います。しかしこれからの時代は、「いかに働くか」に関するものを設定することが、すごく大事なのではないかと思っています。
働き方というと個人のレベルで話されることが多いですが、フレックス制度などのいろいろな自由度の高い制度があった上で、会社として「チーム単位でどういう風に働くのか」ということを社内で議論する価値があるのではないかと思っています。例えば、朝礼がある会社では、「なぜ朝礼をするのか」と問う必要があるのではないでしょうか。そこにコンセンサスができれば「会議の設定に苦労するからフレックスをやめる」なんてことにはならないと思います。「朝礼なんて意味のないものだ」ということが社員のコンセンサス、逆の価値観になっていることもあります。「当然そうだろう」と勝手に思っている領域だからこそ、あまり着目されてこなかったのかもしれませんが、「最近の若いヤツは」とか「ゆとり世代は」とか、そういうことを言っていたらマネジメントはできないので、社内で共通項を作っていくのはすごく大事なことです。

楠本:我々も、お客様にどんな価値を提供するか、という「価値規定ワークショップ」を行っているのですが、すごく外向きですよね。もっと内向きの、「どういう価値観で働くのか」というワークショップを行うのも面白いなと思いました。

野崎:多様化している現在、9時に出社して5時に退社する週休2日の標準的な会社でも、「なぜうちは9時から5時まで働いて週休2日なのか」ということに関してさえもアカウンタビリティを持たなければなりません。それが今の労務部門、マネジメントに求められていると感じています。
そして、そこにコロナ禍で、「なぜオフィスに行かなければならないのか」という問いが加わりました。これに対して会社は答えないといけないと思います。

楠本:そういったセルフマネジメントと評価制度との関係性は、どのように折り合いをつけていけばいいのでしょうか。

野崎:関係性という意味で言うと、自分のことしか考えなくなってしまわないようにするカルチャーが必要なんだと思います。人を採用したり評価したりしていく軸として「ジョブ」と「組織貢献」の2つを常に持って、会社としても「この両軸を大事にしているんだ」というメッセージを伝えていくべきですし、制度的にもそれを担保していく必要があります。
縦軸を「ジョブ・スキル」、横軸を「組織貢献」として、このマトリックスの中で社員をちゃんとプロットして、「仕事はできるが組織貢献としてはこうです」ということをちゃんと伝えていくという会社は多く、そんなに難しくないはずです。
評価制度を作る段階から、とにかく業績を見るという話ではなく、組織貢献やカルチャーもしっかりと取り入れなければ運用が難しくなってしまいます。そこをしっかり評価する、ということを伝えていく必要があるのではないでしょうか。

楠本:なるほど。もしも管理強化を行うことで制度が細かくなってしまった、という場合はどうしたらいいのでしょうか。

野崎:まずは、制度をイチから見直し、「制度自身がこういう目的であるんだ」とHRがしっかりと語ることができる必要があります。働いているメンバーがどう受け止めるかということが非常に大事なので、そういう意味では、安易にルールを見直すということではなく、「このルールの上でどう働くのか」ということをもう一回しっかり考えていった方が良いと思います。

 

人材の採用と定着や育成

楠本:すごく勉強になります。少し視点を変えて、こういう時代における採用について、労務の視点でお話を伺えますでしょうか。

野崎:当社では面接の時から、勤務形態や就業に関する制度やルールを、会社として開示しています。「残業が実際どれくらいあるのか」「育児休暇を取っている社員はどれくらいいるのか」ということに関する求職者の関心は年々高まっています。ミスマッチを避けるためにも、労務として、「うちの会社はこういう働く環境を作っています」ということを伝えることは大切ですし、アピールの場でもあると思います。ポジティブな面もネガティブな面も、会社が両面しっかりと伝えることが大事なのではないでしょうか。

楠本:では次に、人材の定着や育成には、どのように労務的なエッセンスを入れていけばいいのでしょうか。

野崎:少し採用の話と裏表なところがあるのですが、労働条件とか勤務形態というのは離職理由にあげられやすい、いわゆる「衛生要因」です。残業時間や給料、働く自由度などを離職理由にあげていても、それが本当に「会社辞める」という重大な決定の唯一の理由かと言ったらそんなことはないケースも多いのですが、とにかく理由としてあげられやすいことは事実です。そう考えると、入社してすぐのオンボーディングの期間に、自社の就業ルールや評価制度、その背景にある考え方というのをしっかりと伝えておくことが大切です。これもコンセンサスをしっかり作る作業ですね。そうすると、そういうところとは関係のないところで何か嫌なことがあった時に、会社の制度やルールを理由にあげるようなことは起きづらくなると思います。

楠本:オンボーディングの期間中に、労務的な情報をしっかり伝えるというのは、本来的には誰がやるべき仕事なのでしょうか。

野崎:マネジャーレベルでそういうことがきちんとできることが理想ですが、事業部門とHR部門の連携が重要です。自社の就業ルールについて、事業部門とマネジャーの間でしっかりとコンセンサスを作り、マネジャーに期待するものを正確に伝えていく、という観点で研修をしている会社は意外と少ないという印象を持っています。
「マネジャーの仕事だからやってください」という任せっきりの状況だと、少し難しいのではないでしょうか。労務はややこしいところが多いので、そもそも「36協定って何?」というようなことも多く、「36協定だから」「法律だから」とだけ言われても、事業部としては納得いきませんし、HR部門を良く思っていない事業部門の人は多いです。それは問題ですし、もっとコミュニケーションが必要なのではないでしょうか。
結局、コンセンサスというのは、ルールを理解するというよりも、その上位概念を共有するということです。

 

会社全体を改革していくHR部門

楠本:大変興味深かったです。最後に皆さんに熱いメッセージをお願いします。

野崎:HR、人事部門の仕事というのは社員の行動変容を促して、「会社にとって好ましい行動を取ってもらう」ことです。これは、会社の組織風土を変革していくことそのものですし、HR部門というのは会社全体を改革していくミッションを背負っていると私は思っています。「働き方改革を促進する」というのはまさにそういうことだと思います。そういう時に、ルールがどんどん複雑になっていって、なんとか従わせることに時間を使うくらいだったら、「働くことに関するカルチャーや文化、組織づくりに時間をかけてはどうでしょうか」と問いかけたいです。カルチャーや文化、理念は築くのにパワーがいりますが、それらがしっかりすると労務部門の有形無形の管理コストを大幅に削減できます。カルチャーづくりも管理業務もどちらも大変ですが、どちらが本質的でどちらの相乗効果が高いか、ということを考えた時に、労務の人も労務の領域を少し超えて、事業部門や人事部門の人たちとコミュニケーションを取って欲しいと思います。

楠本:どちらが中長期的に企業の資産になっていくのか、ということを考えるタイミングに来ているのではないかと考えさせられるメッセージでした。有り難うございました。

 

——-

HR RUNNERS
今後のイベント/他の記事はこちらから

関連コラム

TOP