HR RUNNERS記事

〈HR RUNNERS vol.3〉社員の求心力向上

ーー自由な働き方が求められる昨今、組織としての一体感や社員の求心力を向上させるにはどうすればいいのか。

HR RUNNERSは、HRの前線を走る第一人者からお話を伺い、「べき論」だけではうまくいかない現場のリアルとホンネについて考える対談企画です。第3回のテーマは、「社員の求心力向上」。
働き方改革と人事制度、制度の多様化に伴う人事管理コストの増加、自由な働き方と業務の生産性の関係などについて、日本を代表する「働き方改革」を行ったサイボウズ株式会社の青野さんからお話を伺いました。
※本対談記事は、9月8日に開催したオンライントークライブより編集したものです。
※対談当時の情報ですので、現在は制度やお取り組みが変更になったものがございます。

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Profile
青野誠 氏
サイボウズ株式会社 人事本部部長 兼 チームワーク総研 研究員
2006年早稲田大学理工学部情報学科卒業後、サイボウズ株式会社に新卒で入社。サイボウズと出会ったきっかけは、「社長と同姓だったから」。営業やマーケティング、新規事業立ち上げなどを経験後に人事部へ。現在は人事部での採用・育成・制度づくりとチームワーク総研を兼務。2016年よりNPO法人フローレンスの人事部門にも参加し、複業中。自ら多様な働き方を実践している。

〈聞き手〉
楠本和矢

HR Design Lab.代表博報堂コンサルティング 執行役員
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括として、クライアント企業に深くコミットするアプローチのもと、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、HR Design Lab.代表として、「マーケティングとHR領域の融合」をテーマに、現場での実践に基づいた様々なHRソリューションを開発提供。特に、組織の創発力強化・生産性向上を目的とした取組みに注力。

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働き方改革のベストプラクティス「100人100通りの人事制度」

楠本:本日は、サイボウズ株式会社の青野様をゲストにお呼びしました。今回は、「社員の求心力向上」をテーマにお話をお伺いしたいと思います。御社の「100人100通りの人事制度」は大変有名な取り組みで、働き方改革のベストプラクティスとも言われています。先ず、この人事制度はどういったものなのかお話いただけますでしょうか。

青野さん(以下、敬称略):当社の人事制度の方針として掲げている「100人100通りの人事制度」では、各人が望む働き方の実現を目指しています。
十数年前の当社の離職率は28%と非常に高かったのですが、その辞めていく理由のひとつが長時間労働でした。当時は「ワーク重視」の働き方しかなかったため、もうひとつの選択肢として「ライフ重視」という働き方を用意し、育児休暇復帰後の社員などが時短で働けるようにしました。

楠本:なるほど。現在は100通りの働き方があるわけですが、最初は2種類から始まったわけですね。「ワーク重視」と「ライフ重視」の2択になると、皆さん「ライフ重視」を選択するのではないかと思うのですが、実際はどうでしたか。

青野:決してそんなことはありませんでした。長時間労働にやりがいを感じていた方もいたと思います。
しかし、当時は風土が追いついていなかったので、私を含め「ライフ重視というのは育児の方向けの制度だよね」と思っている人が多かったと思います。特殊な事情がある人向けという認識で、フラットに選ぶという感じではありませんでした。
その後、残業をする「ワーク重視」と時短で働く「ライフ重視」に加えて、定時勤務の「ワークライフバランス型」という3つ目の選択肢を加えました。これらはすべて、労働する「時間」を軸に捉えていました。
その後、さらに「場所」の軸を追加しました。「オフィスにいつもいる人」「ほとんど出社しない人」「週の半分くらいオフィスにいる人」という3種類です。
これら3種類の「時間」と3種類の「場所」を組み合わせると、9通りの働き方になります。

楠本:「ナインブロック」という取り組みですね。

青野:2018年5月までこの形でしたが、その間に、風土が進化したり、副業が認められたりして、この9通りでは対応できない働き方が出てきました。そこで、「新・働き方宣言制度」ができました。
現在は、曜日ごとにどこでどのように働いているのかを、社員一人ひとりに宣言してもらっています。そして、それを確認できるシステムを導入し、「見える化」することで管理コストを下げました。

楠本:風土が進化したということですが、風土づくりに大切なものは何でしょうか。

青野:風土を簡単に変える劇薬みたいなものはなく、日々の社員のひとつひとつの行動が風土を作っていくのだと思います。例えば、男性社員が「育児休暇を取りたい」と言った時に上司が少し嫌な顔をした、というようなことが風土につながっていくと思います。
マネジャーは「これはどのように対処したらいいんですか」というような悩みにも、フラットに相談に乗ることが大切だと思います。
また、当社では、情報のオープン化を進めていて、社内でプライバシー情報とインサイダー情報以外はすべてオープンにしよう、という取り組みをしています。役職者が集まる会議の議事録もプライバシーとインサイダー情報を除いてすべての人が見ることができるようになっています。こういうプロセスがすべて見えているのは大きいと思います。最近は会議の動画まで共有され始めました。

 

自由な働き方と業務の生産性

楠本:先ずは2つの選択肢から始まり、3択、9択と増えて、現在は100人いれば100通りのフリーの選択になってきたということですが、ある一定の働き方に偏ってしまい、全体のバランスを損ねてしまうようなことはないのでしょうか。

青野:特に全体のバランスなどを考えていたわけではないのですが、結果的には、意外とどこかに偏るようなことはなく、定時通りにオフィスで働いて少し残業して帰る、という普通の働き方を選択する人が多いです。
ただ、コロナを機に在宅を選択する人が急激に多くなりました。当初は在宅に切り替わってもパフォーマンスが出るのか、という心配がありましたが、現在は、パフォーマンスを出そうと頑張りすぎて体を壊すようなことがないように、「工夫しながら働いてください」「安心して働くために知恵を絞りましょう」というメッセージを出しています。また、在宅で働く環境を整えるための金銭的な補助も出しています。

楠本:素敵なメッセージですね。働き方の自由度が高まるというのは素晴らしいですが、一方で、業務そのもののパフォーマンスや生産性を不安視する事業部の方は多いと思います。

青野:働き方を選べる権利はありますが、その分、パフォーマンスは評価としてフィードバックされますので、決して社員を甘やかしているわけではありません。自立して働き方を自分で選択する分、結果も自分で責任を取る、というのはセットになっています。

楠本:当然、自由に働ける権利には義務が伴う、ということですね。働き方の自由度を維持するためには、評価制度がしっかり整っていないと難しいのではないかなと感じました。評価制度については、話すと長くなってしまうので、また次の機会に詳しくお話をお聞きしたいのですが、柔軟な働き方の中で生産性を高めるための納得度の高い評価制度とは、どのようなものなのでしょうか。

青野:当社では、「本人の希望」と「サイボウズからのオファー」で合意したところの金額を給与としています。まずは本人からの報酬希望を聞いて、その後に社内での貢献度や社外的価値を加味したオファーをマネージャーが出すという流れです。「社外的価値」は少しユニークで、その条件で転職した場合、他社からいくらくらいの金額のオファーがもらえるのか、という指標になります。
お互いの認識をすり合わせて理由もフィードバックすることで、本人にとって納得感がある評価であることを大事にしています。

楠本:なるほど。すごく柔軟に評価をされているという印象を受けました。働き方改革に話を戻しますが、これは生産性の向上にもつながるのでしょうか。

青野:長期的に見て、サイボウズ全体のパフォーマンスや生産性が総和で高まっているのは、売上や業績にも現れていると思います。働き方改革は戦略的に始めたわけではなく、どちらかと言うと、社員の困りごとひとつひとつに対して私たちなりの問いを立てて、理想を作り、次のアクションとして制度を作る、ということの繰り返しで行ってきました。
振り返ると離職率は急激に下がったと言えますが、KPIを設定したり、「離職率をここまで下げる」などと目標を立てたりしてやってきたわけではありません。結果的に、そういうお堅い指標がなかったので、手段と目的を履き違えなかったのは良かったと思っています。
他社では、「残業時間を減らす」とか「女性比率を上げる」ということを目標に改革に取り組んでいるというお話を聞きますが、目指すべきところが違うというか、もう少し上位の理想のようなものが必要なのではないかと思います。

楠本:そういうところに目標を置くことによる弊害としては、どんなことが考えられるでしょうか。

青野:思いつく弊害は2つあります。
1つ目は、綺麗な制度だけができてしまう、ということです。「育児休暇」などの聞こえの良い制度を作っても、風土が伴っていないと制度を利用しづらかったり、制度を利用したことにより評価が下がったりする可能性が考えられます。
2つ目は、制度を作っても使う人や共感する人がいない、ということです。制度先行でやってしまうと、その制度を使う人が出てこない、ということが起こり得ると思います。

 

制度の多様化に伴う人事の管理コスト増加

楠本:今までお話をお聞きしていて、「人事制度は変えるものではなく、増やすものだ」というメッセージを読み取りました。とても素晴らしいと思うのですが、制度が増えることにより、人事の管理コストが増加してしまうのではないかという危惧もありますよね。

青野:確かに管理コストは増加していますが、人事本部も工夫をしています。
少し宣伝になりますが、「kintone(キントーン)」という、IT担当者でなくても、コードを書かずに自分たちでシステム開発ができる自社サービスがあります。これを使って、社員名簿の管理や、働き方の宣言などができるアプリを自社開発し、随時カスタマイズしています。このように自社商品を活用することにより、管理コストを下げています。正直、kintoneがなければ実現は難しかったと思います。

楠本:「kintoneをこのように使えば管理コストが下がる」という話は非常に価値があると思いますが、周りの企業様に向けて、そういったHRの取り組みについての情報発信もされているのですか。

青野:現在は、kintoneのサイトでユーザー事例を出しています。今後は、もう少しHRの方に向けた業務改善セミナーやkintone活用法の発信も計画しています。

楠本:先ずは自社で実践し、PDCAを回して外に向けて発信し、それが業績につながる、というのはすごいと思います。

 

要望や提案を出しやすい仕組みづくり

楠本:ボトムアップでいろいろな要望や提案があがってくるというのは理想的な状況ですが、そこに一朝一夕で到達したわけではないと思います。そういった状況を作るために、どんな取り組みをされてきたのでしょうか。

青野:素地づくりには5年から10年ほどかかったのではないかと思いますが、人事が取り組んでいることのひとつとして、kintoneアプリを活用して人事への相談窓口を設けていることがあげられます。
相談窓口は2つあり、ひとつが「わくわく窓口」という名前の公開窓口で、もうひとつが「秘密の相談窓口」という非公開の窓口です。ほとんどの場合、制度に関する要望や提案は「わくわく窓口」に来ます。これらすべてに回答しています。
すべてが提案というわけではないですが、毎日、何かしらの話が来ます。人事制度の提案以外でも、健康診断についての質問、人事が管理しているアプリの回収要望等、様々な声が集まってきます。
もちろん、すべての相談に対して制度を作っていくわけではありません。明確な基準はないのですが、Purpose(企業理念)である「チームワークあふれる社会を創る」やCultureに沿っているかは検討する際に大事にしています。

楠本:もし、経営幹部が「性悪説」に基づいて経営を行っている場合、御社のような人事の考え方は難しいように思います。どのようにこういった壁を乗り越えたらいいのでしょうか。

青野:私たちも、最初にテレワークを始めた時は、多くのルールで縛っていました。例えば、前日までに上司にテレワークのスケジュールの承認をもらい、始業時に「今日は何をします」というのを書いてもらい、終業時に「今日は何をしました」と必ず書いて報告をしてもらっていました。
試行錯誤を行う中で、ルールでガチガチに固めなくても意外と問題がなく、みんなパフォーマンスを発揮してくれるということがわかり、少しずつルールを緩めたという経緯があります。最初は不安なところもあると思いますので、そこは少しルールで縛って、仮で始めてみるというのも一歩踏み出すためには良いと思います。

楠本:「性善説」的な考えで完全に自由にするということではなく、最初は不安を和らげるためにルールを設け、信頼関係ができてきたらルールを緩める、というのは非常に参考になります。
「100人100通りの働き方」という取り組みは、これからもっと進化していくと思いますが、今後はどういった取り組みを考えられていますか。

青野:現在のコロナ禍で、社員にアンケートを取ったところ、約7割の社員が「今後はオフィスに行きません」と言っています。そうすると、働く場所の考え方や働き方のあり方がますます変わってきます。それに合わせた人事制度や評価制度にアップデートしていかなければならないと思っています。
今後は、都心部から移住していく人も出てくることが予想されますし、実際にすでに何人かは移住しています。こういったことと評価制度の整合性をどのように取ればいいのかを考えているところです。

 

自由な働き方と組織としての求心力のトレードオフ

楠本:「自由な働き方」と、「組織としての一体感や求心力」というのは、相容れるものなのでしょうか。

青野:両立はできると思います。私たちも以前は、同じ時間に同じ場所で働くというのが良いチームワークなんだ、という考え方が少なからずありました。しかし、自分たちが目指している理想を中心に掲げて、社員が適切な距離感の中で付き合い、いろいろな場所や時間でコミットし、それぞれのやり方で理念の実現を目指していく、ということが私たちなりの新しいチームワークなのではないか。一人ひとりがそれぞれのアプローチで取り組めばいいのではないか、という風に思うようになりました。

楠本:それでは最後に、組織の求心力向上に取り組まれている皆さまにメッセージをお願いします。

青野:最近、面接に来る方からよく聞くのが、「このまま今の会社にいていいのか不安になりました」という声です。売り上げが下がったとか会社が倒産しそうとか、そういうことではなく、「何を目指して仕事をしていくのか見つめ直したらわからなくなりました」という人が非常に多いです。大きく社会が変化している現在、「自分がどう働いていくのか」「なぜ働くのか」、もっと大きく言うと「どう生きて、どの組織とどうか関わるか」という問いを持つことが多くなっているのではないかと感じています。
逆に言うと、組織を作る上ではそこをしっかりと定義し、考えていくことが非常に大事なフェーズになっているのではないかと思います。私もそこを試行錯誤しながら問い直して、また、良いヒントがあれば共有させていただければと思っています。

楠本:有り難うございます。是非、次回は評価制度についてもより詳しくお話を聞かせて下さい!

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