HR RUNNERS記事

〈HR RUNNERS vol.1〉労務の視点でみた、新しい時代の人事施策

ーーここ数年の働き方の変化、そしてコロナ禍を機とした在宅ワークの定着に伴い、求められる新しい労務管理の形とは。

HR RUNNERSは、HRの前線を走る第一人者からお話を伺い、HR部門と事業部門の垣根を越えて”これからの時代の働き方”を一緒に考える対談企画です。第1回のテーマは、「労務の視点でみた、新しい時代の人事施策」。
ルールや制度を超えたカルチャーの共有、採用のミスマッチを避けるためのRJPの重要性、人材の定着と育成への労務的な視点などについて、労務のプロフェッショナルである野崎さんからお話を伺いました。
※本対談記事は、8月18日に開催したオンライントークライブより編集したものです。
※対談当時の情報ですので、現在は制度やお取り組みが一部変更になったものもあります。

今までの労務の問題点とは

楠本:本日は「労務」の視点から見たときの「新しい人事施策のあり方」についてのお話を伺いたいと思います。先ず「労務とは何か」について簡単にご説明頂くことから始めましょう。

野崎さん(以下、敬称略):人事部門の役割は、大きくいうと「社員の皆さんにいかに好ましい行動をとってもらうか」ということにあります。その中で「労務」というのは、各種のルール・制度の設計と、ルール・制度通りにしっかり動いてもらう、という運用管理の仕事が中心になります。

楠本:この数年で、働き方は大きく様変わりしています。それを背景に、従前型の労務施策に関する限界を感じられていることもあるかと思います。

野崎:今は、業務がどんどん複雑になっていて、労務部門の仕事が年々増えているような状態です。その背景にあるのは、世の中全体の「働き方の価値観」「働き方」の多様化です。固定的な勤務形態だけでなく、今は様々なパターンが出てきています。そうなると、必然的に労務の仕事もそれに対応する形で複雑化します。新しいルール・制度もどんどんできてくる。真なる問題とは、単に業務量が増えることだけではなく、「働き方の多様化」が「ルールの解釈」にバラつきを生んでしまうということです。

楠本:大変興味深いです。もう少し詳しく教えてください。

野崎:今の働き方は、ご周知の通り固定的な勤務体系からフレックスや裁量労働、最近だとテレワークなど、どんどん多様化しています。そうすると、各々が各々の働き方に併せて、勝手に自分のいいようにルールを解釈してしまうことが起こり得るのです。働き方に多様性が無かった時代、つまり「終身雇用」や「年功序列」など、働き方に関する「一般的な共通認識」があった時代であれば、ルールの解釈も大きくぶれることはなかったのです。しかし、それが崩壊した現在においては、ルールに対して生まれてしまう「解釈のブレ」を何とかしてミニマイズしていかなければ、「合意なき期待」「コンセンサスのない行動」が無数に生まれ、調整作業などが更に発生し、人事部門だけでなく、現場のマネジャーの負担も増えてしまいます。

 

ルールの解釈のばらつきを解決するには

楠本:まさに、これからの労務担当が対峙すべき大きな課題なように思えます。今までであれば、常識的にそうするだろう、ということが常識でなくなるということですよね。では、「ルールの解釈のバラつき」問題は、どのように解決できるのでしょうか?

野崎:労務の立場から言うと、ルールの背景にあることの共有、つまり会社のカルチャーや理念といった領域に入っていかざるを得ないんです。労務が「カルチャー」などというと、意外に思われるかもしれません。今だとテレワークやフレックスなど、個人の自由度が高まる状況が増えてきています。そんな中、例えば個人の都合を最優先してしまい業務が回らなくなる状況があったときに、どうすればいいのでしょうか。そんな想定し得なかったことが頻繁に起こり得るとするならば、一つ一つを細かいルールでカバーすることは不可能です。そう考えると、「あるべき働き方とは何か」「カルチャーとして重んじるものは何か」というコンセンサスを組織として共有していれば、ルールの解釈が大きくぶれることは無くなるでしょう。

楠本:今日のキーワードは「背景の共有」ですね。管理だ、ルールだ、制度だ、といっても、それだけだと働き方の多様化についていけない。必ず「行間」というものは存在する。じゃあ、何がそれを埋めるのかというと、それが運用される「背景」ということですね。

野崎:何らかの「背景」を明確にしないと、社員自身にとって「悪気なく」都合の良い考え方や解釈、「自分の考える正義」で動いてしまうのです。多様な個人を前提としながら、「働く」ということに関する「カルチャーの共有」「ルールの背景の共有」というところにもう少し時間を割くべきじゃないかと思います。労務部門の人は、今まであまりそういう意識がなかったのですが、それらが大幅に管理コストを下げてくれる、というのは実際にあります。

 

コロナ禍と労務管理

楠本:では話を更に進めます。コロナ禍によって働き方が更に大きく変わる中で、特に気を付けるべきことは何でしょうか。

野崎:テレワークになると、先ず「社員の働き」が見えなくなります。そうなると「ちゃんと仕事をしていないのではないか」という不信が生まれ、更なる管理強化に繋がります。例えば、全員のPCデスクトップを監視できるシステムなどもありますよね。技術的には、Office365などを使っていれば、ある人が誰にどれだけメールをしていたとか、どのファイルをどれくらい開いていた、ということは簡単にわかります。それと勤怠の実績を紐付けて、きちんと仕事をしているのか監視したり、カメラで写真を撮って、PCの前にいるのかを確認したりする会社もあります。

楠本:敢えて極端なことを言いますよ。見えないからこそ、ガチガチに管理強化して、それで皆きちんと仕事してくれるのであればそれでいい、という考え方もありませんか?

野崎:そうですね。でも「やってくれたら」という話ですよね。そもそも、ルールとその背景に関するコンセンサスがあり納得してくれないと、なかなかルールを守ってくれません。結局、それに納得していないと、「なんでこんなことをしなければいけないのか」とか「今まで通りでいいんじゃないか」ということになり、結果、現場のマネジャーレベルに調整作業のしわ寄せが行く、ということになります。人事にはあまり行きません。結構それで人事部が気付かないことが多いのでは無いかと思います。管理の負担を減らすには、やはり「セルフマネジメント」「個人の成熟」というようなところがキーになります。しかし、組織では個人の自由放任では成り立たない。となると、ルールと個人の間には、共有された「会社のカルチャー」や「理念」がどうしても重要になります。それらがあった上で初めて「セルフマネジメント」や「個人の成熟」が成り立つと思います。

 

採用の領域で避けたいミスマッチとRJPの重要性

楠本:有り難うございます。先程伺ったような「労務の視点」からみた時に、採用の領域には何が必要となってくるのでしょうか?

野崎:採用において避けなければならないのは「ミスマッチ」です。しかし最近、それが起きやすくなっています。会社を選ぶとき、特に若い人を中心に「労働環境」というものの重要度が高くなってきています。僕らの時代だと、「残業時間はどれくらいですか」ということを聞く人はほとんどいませんでした。

楠本:確かにそうですね。

野崎:有効な施策として考えられる物は、RJP(リアリスティックジョブプレビュー)をやることです。入社前、採用の段階から自社の状況を積極的に開示していくということです。労働環境というものの重要性が高まっているので、労務面で見たときの自社のリアルな状況をネガティブなことも含めて採用段階から伝えていくというものです。それは当社でもやっています。

楠本:確かに、候補者にとってその情報は貴重です。しかし採用の人は「ネガティブなことを言ってしまったら、辞めてしまうんじゃないか」とか、「良いことを言って人を惹きつけたい」という気持ちが働いてしまいそうです。敢えてこういう聞き方をしますが、本当にネガティブなことを言ってしまって大丈夫なのでしょうか。貴社ではどういう方法で、どの様な捉え方をしていますか。

野崎:当社の場合、残業の状況や離職率などを伝えます。そういったことをしっかり伝えることが、逆にポジティブに受け取られているという印象があります。有給休暇の取りやすさなど、外からでは見えにくい部分は、そんなに聞きやすい質問ではないですよね。それを自ら開示する、というスタンスが信頼感を生むと思います。採用した方は、「面接であんな話をされたのは初めてだ」といった具合にポジティブに受け止めてくれていますね。
皆さん、いくつかの会社を経験した上で当社の面接に来てくれるわけですので、そんな完璧な会社というのは過去にないと思うんですね。大企業は大企業なりの、中小企業は中小企業なりの問題があるじゃないですか。ここで多少ネガティブなことを伝えても、「そういう面もあるよね」と受容はできるものです。また、ネガティブな面を伝えることで、ポジティブな面の話がリアリティを持ってくるという側面もあります。

楠本:非常によくわかります。では、どこまでを情報として出せば良いのか、というのが次なる論点でしょうか。

野崎:例えば人事の人が「問題だ」と思っているのであれば、問題意識があるということなので全部出した方が良いと思います。単純にネガティブなことを出すだけでなく、問題として認識していて改善していくつもりである、というメッセージとして伝わります。
迷っている時点で問題として顕在化しているので、その時点で言わなければならない。その情報を伝えて、「それだったら結構です」となったとしても、その時点で言われた方が僕は良いと思います。逆に、「ベンチャーってやりがいありそうだけど、死ぬほど働かされるのかな」とか勝手に想像して辞退されてしまうこともあります。そんなもったいないことはありません。

 

人材の定着と育成について

楠本:人材の定着・育成について、労務の視点から見たときの必要な取組みはありますか。

野崎:労務の担当者が直接、動機づけなどをするのは難しいと思います。そういう意味では、人材の定着や育成を背負っているのは人事寄りの人になるので、そことの関係性が大事になってくると思います。
労務領域の労働条件・労働環境というのは、離職の理由に挙げられやすい。結局、何か問題が起きると、「入社前に聞いていた・期待していた労働条件と違う」ということになり、騙されたような印象を与えてしまいます。オンボーディングの時点で、人事評価制度や就業ルールというものを伝えておくと、問題が起きたときにやり玉に挙げられにくくなります。また、「こういうことがあるとこういう評価になるよ」と評価精度を事前に言っておけば、それについて後から言いづらくなりますよね。しかし、採用や育成の担当者というのは、自社の就業ルールなどにあまり興味のない人が多いことも事実。ここは現場と連携のしどころであると考えます。オンボーディングのときに自社の制度やルールについて時間を取って説明
するべきでしょう。

楠本:ここでもうひとつ出てくる質問が、それを誰がやるべきなのか、という問題です。

野崎:現場のマネジャーがその役割を担えると素晴らしいですね。ただ、人事部の方が「マネジャーの仕事だからしっかり頼むよ」みたいに振って終わりとすることがよくありますが、これだとうまく機能しないですね。
制度を作るのが自分たちの仕事だ、と思っている労務の人が多いと思いますが、ルールや制度で想定したように、実際に社員の人に行動してもらわなければ意味がありません。キーパーソンであるマネジャーと労務の人が、何を、どういう業務フローの中で、どのように共有するのかということがポイントになります。

楠本:オンボーディングにおいて、人事と労務は何から始めたらいいのでしょうか。

野崎:すでにある自社のルールの背景をもう一回改めて社員と共有する、という原点に立ち返ることが大事かな、と思います。その後、実際にその制度を応用するには管理も大事です。ある程度の自由とセルフマネジメントも可能にするには、会社としてカルチャーがあること、それがないとバラバラになります。仮にルールに書かれていないようなことが起きたとしても、背景にあるものを共有していれば、社員レベルでも対応できるようになると思います。

 

人事とは「変革の担い手

楠本:それでは、最後に人事の皆さまに向けたメッセージを。

野崎:今日お話した内容は抽象的な内容が多くて、実際やるとなると難しいこともあると思いますが、僕が普段お客さんと話していて感じることは、自分が採ることのできる選択肢は実は幅広いのに、それを狭く捉えてしまっている方が多いということ。もう少し自由度を持ってカルチャーの部分まで含むと、他部門と連携することも可能になると思います。日常業務が忙しいところ、大変かとは思いますが、一旦引いて広く社内を見渡して、ルールだけでない部分まで考えてみると、ヒント・手がかりが見つかると思います。是非あきらめずに取り組んでみてください。
大変ですが、同じ大変なら複雑なルールの運用管理に忙殺されるより、カルチャーづくりに取り組むほうがいいと思いませんか? 労務部門で働いている人は働き方改革を担っています。であるなら、同時に自社のカルチャーづくりに貢献する意識も持ってほしいと思います。働き方とはカルチャーそのものですし、人事とは「企業変革の担い手」であるべきですから。

——-

Profile
野崎 友邦 氏
株式会社ミナジン 取締役副社長
慶應義塾大学卒業後、株式会社京都銀行に入行し、約10年間、法人融資営業、新規顧客開拓に従事。その後、株式会社ミナジン(https://minagine.jp/)入社。営業部部長、管理部部長などを歴任した後、取締役就任。現在はHRクラウドシステム部門、顧問サービス部門の事業部統括を行い、システムと人事のプロを組み合わせたサービスの構築、事業提携などを通じて、企業の人事労務課題の解決を推進している。

〈聞き手〉
楠本 和矢
HR Design Lab. 代表
博報堂コンサルティング 執行役員
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、クライアント企業に深くコミットするアプローチのもと、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、 HR Design Lab. 代表として「マーケティングとHR領域の融合」をテーマに、現場での実践に基づいた様々なHRソリューションを開発提供。特に、組織の創発力強化・生産性向上を目的とした取組みに注力。

——-

HR RUNNERS
今後のイベント/他の記事はこちらから

関連コラム

TOP