HR RUNNERS記事

〈HR RUNNERS vol.8〉人事施策を強化するデータ活用~サイバーエージェントのケース~

ーー人事のデータ活用。必要だとは思うけど、数々の障壁への対処を考えると正直リアリティが湧かない…。データ活用実現までのロードマップ、最初の一手とは。

「HR RUNNERS」は、HRの前線を走る第一人者からお話を伺う対談イベントです。第8回のテーマは「人事施策を強化するデータ活用」。昨今様々なHRテックツールが誕生し、人事施策のデジタル化も急速に進んでいます。そんな今、株式会社サイバーエージェント 人事データ統括室 室長である堤雄一郎氏をお招きし、具体的なお取り組みや活用のヒントを伺いました。
※本対談記事は、11月13日に開催したオンライントークライブより編集したものです。
※対談当時の情報ですので、現在は制度やお取り組みが一部変更になったものもあります。

——-

Profile
堤 雄一郎 氏
株式会社サイバーエージェント 人事データ統括室 室長
化粧品メーカー勤務を経て、2006年サイバーエージェントグループに入社。インターネット広告事業部門にてコスメ系クライアントの営業担当や各種媒体担当などに従事した後、2017年より全社人事部門に所属。現在は人事関連のシステム開発による業務スマート化と人事データ整備をミッションとするチームのマネジメントを担当。

〈聞き手〉
楠本 和矢
HR Design Lab.代表
博報堂コンサルティング 執行役員
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括として、クライアント企業に深くコミットするアプローチのもと、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、HR Design Lab.代表として、「マーケティングとHR領域の融合」をテーマに、現場での実践に基づいた様々なHRソリューションを開発提供。特に、組織の創発力強化・生産性向上を目的とした取組みに注力。

——-

人事データ統括室の立ち位置と役割

楠本:本日は、様々な場所で講演や情報発信をされている、サイバーエージェント 人事データ統括室の室長である堤雄一郎様にお越しいただきました。どんなお考えのもと、人事データ活用を進めているのか、いろいろな角度からお伺いしたいと考えています。まずは、サイバーエージェント様の簡単なご紹介をお願いします。

堤さん(以下、敬称略):株式会社サイバーエージェントで、人事関連のシステム開発やデータ周りを担当している堤雄一郎です。新卒で化粧品の会社に入り、2006年にサイバーエージェントグループに転職しました。もともとは営業を長く担当しており、人事歴はまだ3年ほどです。まず、弊社についてですが、創業23年、売上高4,800億円、社員数5,500人の会社で、グループとしては100社ほど子会社があります。インターネット広告、ABEMAをはじめとしたメディア、スマホゲームといった、大きく3つの事業を展開しています。最近は、私も含めベテランも増えてきましたが、平均年齢は32歳と比較的若いです。また男女比は7:3、女性管理職は20%、ママ社員は150名となっており、若手や女性の活躍促進にも力を入れています。

楠本:ありがとうございます。では、人事データ統括室の役割について、少し教えていただけますか。

堤:弊社の人事部門は、全社人事と各部門に所属する事業部人事の2つに分かれています。全社人事は、採用を行う「採用戦略本部」、適材適所を担う「人材戦略本部」、労務管理や健康推進などの「人事本部」、そして横串でデータを見ていく私のチームである「人事データ統括室」という4つの本部で構成されています。人事データ統括室では、システムの開発や運用、SaaSの導入などによる、人事のルーティン作業の削減やペーパーレス、また人事データの整備や活用などを行っています。

楠本:どんな方が人事データ統括室で活躍されているのでしょうか。やはり、ずっとデータサイエンティストの畑を歩まれている方が多いのでしょうか。

堤:いえ、いわゆるデータサイエンティストと呼ばれる職種の担当は今はいません。もともとはシステムチームなので、システム構築やインフラを担当するエンジニアがメインです。最近では、事業部からマーケティングデータを扱っていたような人材も集まってきています。また、弊社のコーポレート部門の中には、3つのシステムチームがあります。「全社システム本部」と呼んでいるいわゆる情シスのような部門がひとつ大きくあり、あとは経営管理と我々人事で、それぞれの組織内にシステムチームがあるのが特徴です。

 

「GEPPO」から始まったサイバーエージェント人事データの歴史

堤:弊社の人事データの歴史を紐解くと、「GEPPO」というシステムが出来上がったところから始まっています。弊社には「あした会議」という、役員が社員とチームを組んで参加する取り組みがあります。2013年のあした会議の中で、社内アンケートツールの案が出て、GEPPOを開発しました。背景として、会社の規模が大きくなる中で、社員の顔が見えにくく、声も届きにくくなっているという課題がありました。それと同時に、GEPPOを活用して社内の適材適所を行う「キャリアエージェント」というチームが発足しました。その後2015年には「人材科学センター」という分析チーム、2016年には人事のシステム化を進める「人事システム室」を新設しました。データ活用を推進していくために組織を再編して名称を変更し、「人事データ統括室」という現状のチームができました。

楠本:データありきやシステムありきではなく、現場から始まっているのが、すごくサイバーエージェントさんらしいと感じました。

堤: 今、お話をしたGEPPOは毎月、社員にアンケートを取るためのツールです。基本的には3問の質問に加えてフリーコメントなので、フリーコメントを記入しなければ30秒ほどで回答できるようなものです。毎月必ず聞く「個人のパフォーマンス」と「自分のチームのパフォーマンス」、それに加えて、その時々で聞きたい質問の計3問に、「晴れ」や「曇り」という風に、天気マークで回答してもらいます。

楠本:いろいろ入力するとなると面倒ですが、これなら簡単そうでいいですね。どの位の方が回答されていらっしゃるのでしょうか。

堤:対象者は4千人から5千人ほどいて、ほぼ100%回答してくれています。

楠本:それはすごいですね。どのように定着させたのでしょうか。

堤:GEPPOで回答した内容は、キャリアエージェントと役員しか見ないというルールになっています。この約束があるので、心理的な安全性が担保され、普段なかなか上司に言えないようなことも書いてくれます。また、ここで受けた声は、キャリアエージェントが毎週の役員会に届けています。そして、社員の声をもとに役員の間ですぐに議論されます。

楠本:生声をまとめて役員に見せるというのはすごくわかりやすい使い方だと思いますが、定量化してデータ分析を行うこともあるのでしょうか。

堤:はい。従業員満足度調査の基本だとは思うのですが、気になる個人や組織の天気の推移や数字を見ています。いつも「晴れ」ばかりつけている人が急に「雨」をつけた、というような変化値は重要なので注意して見ています。またGEPPOでは、毎回同じコンディションについての2つの質問に加えて、オリジナルの質問に回答してもらいます。これは、タイミングによって、新入社員が入った直後であれば「きちんとフォローを受けていますか」とか、目標設定をするような期が変わるタイミングでは、「あなたの目標はきちんと設定されていますか」ということを質問します。毎年、同じようなタイミングで同じような質問が出ることもあるので、同じ組織を見たときに、1年前は目標設定がしっかりされていなかったのに、今年は目標がきちんと設定されている、ということを見ることもできます。

 

社内ヘッドハンター「キャリアエージェント」

堤:GEPPOを運用している「キャリアエージェント」は社内ヘッドハンターの役割を担っており、全社の中での適材適所を担当するチームです。適材適所をする上で、GEPPOから得られる社員の直接の声は非常に大事です。現在、キャリアエージェントには6名しかいませんが、毎月ぼぼ100%の回答を集め、フリーコメントで書かれる生声にも、その月内に100%リアクションするというルールを徹底しています。運用の部分は本当に大事で、どのシステムを使うにしても、それが現場でしっかり使われていないと意味がないですし、継続されてこそデータの価値も高まります。そのため、いかに社員にメリットを感じてもらえる形で回収率を高めるかということを考えています。

楠本:メリットというのは、書いた内容にレスポンスがあるというようなことでしょうか。

堤:はい、まさにおっしゃる通りです。やはり、「打てば響く」という社員の実感が一番の肝であると考えています。GEPPOに一言フリーコメントを書くと、必ず回答が来ます。それを受けると小さな感動のようなものを覚えますし、しっかり届くということを実感してもらえます。

 

サイバーエージェント人事データの今

楠本:御社での人事データの取り組みについて、もう少し詳しくお聞きしたいと思います。

堤:現在、我々は「人事データの整備」に一番注力しています。2019年8月に組織改編を行い、その時点で、人事システム室を人事データ統括室に名称変更しました。そしてGEPPOの分析はキャリアエージェントに機能を移管し、分析に関しては一度ここで少しスピードを落としています。それはなぜかと言うと、当面は人事データの整備にしっかりと振り切りたいと考えたからです。データの課題を深掘りし、ここから一段レベルの高いことをやろうとすると、今のままでは厳しいと考えるようになりました。人事データの課題は数多く、例えば、分析するたびにいろいろなところからデータを引っ張ってきて、ひとつに集めて、という準備だけで数時間かかってしまったり、資料によってデータの定義がバラバラだったり、事業部と人事でうまくデータ連携ができなかったりするということなどがあります。

楠本:とにかくツールを入れたから分析をするのではなく、中長期的な目線で、まずは一旦データを集めて整備をすることにフォーカスするということですね。

堤:いろいろな課題を感じる中で、改めて課題の整理をしたところ、7種類にデータの課題が分類でき、欠損データが30以上あることがわかりました。そこで「人事データ一気通貫!」というプロジェクトを開始して、チーム名もチーム体制も変更し、役員の直下に置いてもらいました。

楠本:いろいろな組織や人が関わるので、役員を責任者に添えたということでしょうか。

堤:そうですね。データチームというのは、欠損しているデータを集めるなど、関わってくるステークホルダーが多くなります。そんな中でスピード感をもって業務を進めていくためにも、役員の応援が受けやすい環境ということは重要なポイントだと考えました。

楠本:何がデータとして足りていないのか、ということの棚卸しをすることはすごく重要ですよね。

堤:お恥ずかしい話ですが、我々もこれまでは、何かをやろうとすると、「このデータが足りない」と止まってしまい、解決する前に次の相談がきてしまうような状況でした。毎回、同じようなことを繰り返していたので、「ちょっと一回立ち止まって、全部テーブルに並べてみよう」と合宿を行い、その結果、やはりこれはまずいのではないかということになりました。

楠本:やっていく中であれが足りないこれが足りないではなく、まずは一気に足りないデータをリストアップする、というのは重要なキーワードになるのではないでしょうか。素晴らしいです。

 

「人事データ一気通貫!」プロジェクトとは

堤:「人事データ一気通貫!」というプロジェクトは、「3つの目」をコンセプトとしています。
1つ目は「鳥の目」です。俯瞰データのことで、各種の人事データをすぐに俯瞰できるような状態を作りたいということです。
2つ目は「虫の目」です。個人データが一人ひとりにもっとフォーカスして、立体的に深掘れるような環境を作りたいと考えています。
最後は「魚の目」です。魚が流れを見ながら泳いでいくように、その時々で時流や会社の方向性に沿った分析ができるような環境を作るということです。この3つの目を意識し、最終的に一気通貫したデータを作り、人事が何かをやる時には、必ずファクトに基づいて語れるような形にしたいと考えています。

楠本:こういうコンセプトやポリシーは必要ですよね。非常にマーケティング的だと感じました。

堤:システム寄りな話をすると、これまでは、内製のものやSaaS、基幹システムなどにデータが散在していました。今後は、データレイクを作って一箇所に集めて、ダッシュボードや個人画面、SQLを使って分析をする環境を作ります。ちなみに、データレイクのことを「Talent Bank」と名付けています。社員のデータをお預かりして、しっかりと付加価値・利子をつけて返す、という銀行をイメージしています。現在は、「整備」を行っている最中で、今月いよいよダッシュボードのリリースができそうな状況です。今後は中身をさらに拡充していき、「可視化」のフェーズを経て最終的にはデータのつなぎ込みを行い、「分析」を以前よりもレベルの高い形で行っていきたいと考えています。

楠本:着実な、地に足がついた進め方ですね。

堤:「分析」まで進んだら、採用や育成、異動など、会社の業績に直結してくる部分を、もっとデータに基づいたアウトプットに変えていきたいと考えています。また、経営などの他部門との連携を強化することで、新たな価値が生み出せるのではないかと思っています。

楠本:人事のデータと経営のデータを、どのように結びつけることを想定されているのでしょうか。

堤:例えば、収益や業績というデータと人事のメンバーのコンディションというデータを掛け合わせることで、社員のコンディションと業績の相関関係をスピーディに出せるのではないかと考えています。

楠本:そこまで踏み込めると、また違ったファクトが見えてきそうですね。

 

日本で一番、データに強い人事を創る

堤:向こう2年くらいの人事部門の組織のビジョンとして、少しおこがましいのですが、「日本で一番、データに強い人事を創る」というメッセージを立てました。

楠本:「データに強い」と言ってもいろいろな捉え方があると思いますが、サイバーエージェントさんが目指している「データに強い人事」というのは、どういうことなのでしょうか。

堤:「デジットグロース」という言葉を使っています。「Digit(デジット)」は、数や桁という意味で、Digitalの語源でもあります。デジットグロースというのは、ビジネス的には「二桁成長」のような、大きく成長するという意味合いで使われることが多いと思います。人や組織の成長につながるような数字やデータの活用というのが大目標であり、数字やデータありきではなく、組織や人の成長ありきのデータである、という考えです。では、「データに強い」とはどういうことか、という話なのですが、まず第一に、「見るべき人が正しいデータにすぐにアクセスできる状態」だと考えています。そして、そういった環境があっても使えないと意味がないので、人事メンバーのリテラシーも必要です。データの数字の扱いや見方といった知識を身に付け、使える状態にすることです。最後に、そのデータを活用し、施策を出していき、アクションにつなげることを強化することで、「データに強い」と言えるのではないでしょうか。

楠本:非常にわかりやすくおまとめいただきました。データを扱えるような知識をつける教育が必要ということですが、どういったアプローチや内容で教育をしているのでしょうか。

堤:データチームには実地で覚えてもらうというのはもちろんありますが、人事全体のメンバーにデータに強くなってもらうという意味では、発表やプレゼンテーションを考えています。労務や採用や我々などの各チームが、自分のチームの中の数字をピックアップして、その数字についての深掘りや他社比較などをし、人事全体に向けて発表してもらうことを予定しています。

楠本:これは教育的な目的で行うのでしょうか。

堤:そうですね。やはり、自部門の数字ですら、なかなか全員が把握しているわけではないですし、各チームが一番重要視しているKPI的な数字であれば、他の人事のチームも当然知っておくべきだと思います。プレゼンテーションをして、それを他のチームが聞き、その上でディスカッションをすることで、まずはきちんと数字と向き合ってほしいと考えています。また、現在構想している段階ではありますが、人事部内で部門アカデミーのようなものを作り、「人事データに強くなるには」というようなカリキュラムを組み、勉強会や社内検定試験などを行いたいと思っています。

楠本:「数字に向き合う」というのがすごく印象的でした。

堤:「データ分析」というのは、少しアカデミックで、誰でもできるわけではないと思います。まずは、人事だったら人事が扱っている数字やデータを知ることから始めて、それを頭に入れて、スラスラ出てくるようにするところからスタートしたいですね。

 

人事データで大事にしている5つのポイント

楠本:人事データの活用で大事にしているポイントは何かありますか。

堤:人事データで大事にしているポイントは5つあります。まずは、「ビジョンと成果の発信」です。データチームというのはやっていることがわかりづらい部分があるので、なぜ我々がこういうことをしているのかを理解してもらうために、人事部内や社員に繰り返し説明をします。細かい成果なども発信し、データチームが貢献しているという実感を高めることが大事だと考えています。
2つ目は、「各方面の巻き込み」です。データはいろいろなところと関わり、応援してもらわないと本当に難しいので、普段から関係性を深めたり、キーマンになるような人とはしっかりとコミュニケーションを取ったりするようにしています。
3つ目は、「データ収集はギブアンドテイク」ということです。データをもらうだけというのは難しいので、データの提供元にもメリットがあるということが非常に大事です。

楠本:先ほど、しっかりとレスポンスをするということもメリットだとおっしゃっていましたね。

堤:4つ目は、「データの先にある社員の顔を忘れない」ということです。人事データは一個一個のデータではなく、社員一人ひとり、生身の人間であるというところを意識し、データを軽々しく扱わないことが重要だと思っています。
最後は、「まずはやってみる」ということです。これから始めようと考えている企業さんは、まずは細かいことにこだわらず、手元のデータを可視化することでも、特定の人事部内だけで集めたデータでもいいので、まずはやってみることです。ここが一番大事だと思っています。

 

人事データの活用を始めたいと考えている皆様へ

楠本:最後に、これから人事データの活用を始めたいと考えている方に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。

堤:いろいろとお話をさせていただきましたが、弊社もまだ全然足りないところだらけです。ただ、最後のポイントにもありましたように、まずはやってみるということが大事だと思います。今はいろいろな人事向けのSaaSもありますので、エンジニアやデータサイエンティストが部内にいなくても、できることはたくさんあります。まずは一回、試してほしいというのがひとつです。
また、話の途中にもありましたが、進めていく上で大事だと思うのが、人事の責任者などときちんと話をして、しっかりと応援してもらえるような環境を最初に整えるということです。その上で、いろいろなチャレンジをしてみると、データを集めたり予算を確保したりという部分がすごくスムーズになります。何をしたいのかという話をしながら、応援してもらえる環境を整えられると、非常にスタートが切りやすいのではないかと思います。

楠本:本日はありがとうございました。僕自身も非常に学びの多い一時間でした!

 

——-

HR RUNNERS
今後のイベント/他の記事はこちらから

関連コラム

TOP