ファシリテーション

生産性を高める会議のデザイン実践的手法〜パワーファシリテーション著者直伝〜後編

生産性の低い会議を生み出す、
ファシリテーションの「5つの落とし穴」を解説

昨年4月、中小企業にも適用された「働き方改革関連法案」。まもなく1年が経とうとしています。でも、その取り組みは本当に「生産性向上」につながっていますか。

単に時短ばかりに囚われて、むしろ生産性を下げていたりはしないでしょうか。単に会議の時間と回数が減っただけで、肝心のコミュニケーションが損なわれて、社員のモチベーション低下を招いていたりはしていないでしょうか。

博報堂コンサルティングのトップコンサルタントとして第一線で活躍し、数々のプロジェクトを成功に導き、ここ数年で300回以上の企業内研修/セミナーを実施してきた楠本和矢が、生産性の低い会議、つまり「迷走した会議」を生み出してしまう、ファシリテーションの「5つの落とし穴」について解説いたします。

HR Design Lab. 代表/博報堂コンサルティング 執行役員 楠本和矢

落とし穴① 「ズレた意見」を、そのままにして進めてしまうこと

一つ目は、「ズレた意見」を、そのままにして進めてしまうことです。数多のファシリテーションを見て参りましたが、これが議論が混迷化する最大の要因だと思います。
ファシリテーターが何らかの「問い」を立てた時に、それに関係ない発言が出ることはよくありますよね。例えば、商品のあり方について話そうとしているにも関わらず、「広告宣伝はこうあるべきだ」みたいなことを言い出す人がいたら、それが「ズレている」という状況。他には、先ずはその問題の原因解明を行ってから、それの対策アイデアを出そう、と段取りしているにも関わらず、いきなりアイデアを出す人がいたり・・・これも、順番が「ズレている」。当たり前の様に思えるかも知れませんが、迷走を防ぐために最も重要なことは、そんな「ズレ」を、きちんと正すということです。

文面で書くとすぐに気付けそうですが、会議の中に入ると、意外にこの様な「問いからズレた発言」を、そのまま受け取ってしまいがちです。もし、ファシリテーターがそのズレに気付かなければ、その瞬間から議論は迷走し始めます。

何故こんなことが起こるのでしょうか。それには大きく2つの理由があります。

一つは、ファシリテーター自身が、何を議論したいのか、何について意見やアイデアを出してもらいたいか、きちんと認識できていないまま「問い」を立ててしまっているということです。目的もなく、とりあえず質問しているという状況です。そうなると当然、その発言がズレているかなどわからなくなりますよね。
ファシリテーターは先ず、問いを立てる前に、何の議論をしたいか、何について意見が欲しいのかについて、自分自身で明確にすることです。それが明確になっていれば、「今の発言は問いに答えていないな」とか、「論点からズレているな」とか、普通に気付くことができるはずです。

二つ目は、ズレたとわかっても、相手に気を使って正せないということです。私としては、それでもいいから、相手が誰であろうが、ズレたら正すべき・・というような原理主義者ではありません(笑)。 ビジネスは、感情が伴う人間関係で成り立っています。相手が、自社の社長だとして、延々と論点からズレた話を展開し始めたとしましょう。そんな場合に、途中で話を遮って、「それ、論点からズレていますよ、社長」なんてことを言える訳ありませんよね。そんなことしたら干されちゃいます。
ズレを指摘しにくい相手の場合における対処法は幾つかあり、私の研修でお伝えしていますが、基本は、ズレを正す「タイミング」と「表現」に気を付けるということです。この場合なら、社長が気持ちよく話をされているとして、話が一段落するまで我慢して聞いて、どこかキリのいいタイミングで元々聞きたかった「問い」に戻る、という方法しかありません。ファシリテーターとして、何を聞きたいのか、ということが明確になっていれば、たとえそんなズレが生じても、必ずどこかで戻すことはできるはずです。ウエットな方法に見えるかもしれませんが、リアルなファシリテーションとはこういう術を繰り出すことなのです。

落とし穴② 「意味不明な発言」を、素直に受け止めてしまうこと

非常にシンプルですが、「この発言、意味不明だな」と思っても、何となくわかった気になったり、勝手に解釈してしまい、その場で確認しないということです。意味不明な発言をそのまま是として受け入れてしまったり、ホワイトボードに記入したりしてしまうと、議論がそれに影響を受け、混乱を招いてしまう恐れがあります。これも、説明すると簡単に聞こえるのですが、議論の中でやろうとすると、意外に難しかったりします。

皆さん真面目で優しいので、意味不明な発言が出てきたとしても、ファシリテーターは何とか自分の中で「解釈してあげよう」としますが、これは不必要です。意味不明な発言に対して、そこまで1人で受け止めすぎることはありません。
実際の議論では、もう本当にそんな発言だらけです。そう思いませんか?普通は皆、頭の中で纏まっていない状態で発言し始めるから、意味不明なものだらけになるのは当然です。

ですので、意味がわからないのは相手の責任だ、と割り切って下さい。少しでもわからなかったら、即座に「それってどういうこと?」とか「具体的にいうと?」とか「ひと言でまとめると?」などと質問を繰り出し、もう一度相手に纏め直させるという方法が良いでしょう。発言を一方的に受け止めるだけではなく、相手にスパッと質問で返すというやり取りができるかどうか。ファシリテーターの重要な姿勢です。

落とし穴③ アイデアがひとつ出ただけで満足してしまうこと

3つめの落とし穴は、一つアイデアがでて、盛り上がったらそれで満足し、終了してしまうということです。
例えば、ある商品を売るための施策を考える議論があったとします。最初の切り口は「広告のあり方」だとします。誰かが、「あのタレントを使ったらいいんじゃないの?」と発言しました。皆がそれに乗っかり、「おお、いいね。僕もそのタレントがいいよ」「彼女は好感度も高いしね、ウチの商品にぴったりだ」などと盛り上がりました。メンバー全員それに納得している様子です。ファシリテーターも、議論が盛り上がったことに一安心し、「有り難うございます。皆さんその意見で納得ですよね。じゃあ次は『商品のあり方』について考えてみましょう」・・と次の切り口にいってしまいました。

これは本当によくある失敗です。ある切り口に基づいた議論では、一つのアイデアで盛り上がったから、それで満足しOKとしてしまう・・・。これでは、切り口を出した意味が全く無い。どれだけあるアイデアに納得感があったとしても、「そのアイデアはわかったので、他のアイデアはない?」と、しつこく聞いて、その切り口にぶら下がる「他のアイデア」を頑張って出そうとしないと、結局、議論が不充分であることに後で気付き、再度議論をしなければいけなくなります。

落とし穴④ 要素の「レベル感」を揃えず進めてしまうこと

これは、非常に重要なポイントである一方、気付かれることが少ない、まさにファシリテーションの盲点ともいえるものです。それは、議論の中で出てきた各要素の「レベル感」を揃えず、次の議論に進んでしまうということです。これは本当にありがちな失敗です。これが出来ていないと、意志決定がスムーズにできません。

例えば、「若手のモチベーションを高めるための施策アイデアを出す」という議題があったとします。そこで以下三つの発言が出たとしましょう。
「全社員を巻き込んだ運動会をやろう」 「うーん…『夢』、かな」「まあ、モチベーションを高めるための教育なんかも必要かな?」・・・これら三つのアイデア、レベル感は揃っていると思いますか? お気付きの通り、もう全然バラバラですよね。これらを並列に位置付けて、「この中からどれを採用しようか?」なんてことになっても、まともに議論できる訳はなく、迷走が始まります。
この例は、決して極端に言っている訳ではありません。リアルな会議とはこんなものです。バラバラのレベル感の意見やアイデアを発言してくるのがリアリティです。

ですので、ファシリテーターは、意見やアイデアの粒度、つまり抽象・具体のレベル感がきちんと揃っているのかどうかということに、アンテナを立てていなければいけない。この意見は抽象的だなと感じたら、「もうちょっと具体的に」と、問いを立てる。議論の中でも、意見やアイデアが出揃った後でもいいので、レベル感が揃っていないものを「整える」作業をやらなければいけません。色々なファシリテーションを見てきましたが、これはほとんどのケースで出来ていません。まさにファシリテーションの盲点です。

落とし穴⑤ 「基準」を示さず選ぼうとすること

これは前回のコラムでも触れた内容です。複数の選択肢の中から、どれかを選ぶ、幾つかに絞るという場面は、議論の途中や、最後の意志決定時など、頻繁に出てきますよね。その際によくある失敗とは、案ありきで選ぼうとしてしまうことです。「A案は、コストパフォーマンスがいいから、採用すべきだ」「いやいや、B案は使いやすさでは群を抜いている」「コスパのいいA案でしょ」「いやいや使い勝手のいいB案で決まりだ」・・・こんな議論を続けていて、意志決定に至るイメージを持てますか?この議論の問題点とは、それぞれの案がどうこう、という前に、「何を基準として選択するのか」ということが顕在化されていない、ということです。別の見方をすると、それぞれの主張に有利となるような基準を各々が恣意的に持ち出している状況とも言えます。

それぞれが推奨する案を主張し合い、堂々巡りとなって決まらないというシーンはよく見かけますが、大概がこの「基準が明確になっていない」ということが原因です。何でもって選択するべきなのか。ファシリテーターとしては、もし基準があるならばそれを示すか、或いは案の是非を議論する前に、基準を決める議論を行うべきでしょう。

社員一人一人に眠っている知識やスキルを「引き出す」スキルを

何を一番意識して変えていくべきか。とよく聞かれますが、コンサルティングや人材育成のお仕事を通じて感じている、ある問題意識を申し上げます。

業務を通じ、大手企業からベンチャー企業も含めて、多くの企業様とお仕事をご一緒して参りましたが、総じて感じることとしては、社員の中に眠っている知識、情報、経験ーーこれを意識して「引き出す」ための機会や仕組みが欠けていることが大変多いということです。
一人ひとりの持っているものが充分に引き出されている現場って、ほとんど無いような気がします。みんなくすぶっている。言いたいことも言えない。アイデアはあるけれども、端っこに寄せられてしまっている。
じゃあ、その人たちに意見やアイデアがないかというと、そんなことはない。例えば、ワークショップを開催し、色々な検討フレームやツールなどを使ったり、それこそ、本対談のテーマでもある、発想を促すための「問い」を立てたりすると、凄くいい意見やアイデアが出てきます。それはベテランも新人も関係ありません。

もしそういうことが不充分だとするならば、企業にとっては大変な「機会損失」だと思うのです。「働き方改革」「生産性の向上」などのテーマを背景に、企業としては色々なシステムを導入したり、働き方のルールを定めたりする訳ですが、もっと社員1人1人が有する力を引き出すためのスキルや仕組みを持つことを、何故最初にやらないのか疑問に思うこともあります。会社の原動力とは、人と人に備わる知識やスキル。人を従わせるルールやシステムも重要ですが、そのような視点が欠落し、人が付いてこず、結局付け焼き刃になってしまわないように気を付けなければいけませんよね。

最後に

皆さんが現場を預かるリーダーのお立場とするならば、会議や打合せを含めた日々のコミュニケーションにおいて、とにかく相手から意見やアイデアを引き出そう、という意識をもって、考えさせる様々な「問い」を立ててほしいと思います。

今や、扱える情報の量は膨大であり、また市場の動きも速い。ですので、リーダーが知っている範囲内で何かアウトプットしようとしても限界があります。今を生きるリーダーに、「人に聞くなんて恥。リーダーである自分が一番詳しくないといけない」というプライドは一切不要です。人から引き出さないとやっていけないという意識を、まずリーダー自身が持つ必要があります。新入社員だろうが契約社員だろうが関係なく、「問い」によって、その人の中に眠っているアイデアはきっと引き出せる。

ファシリテーションとは、そのためにあるのではないかと思っています。

< 前編『会議の質が劇的に変わる「5つのS」』はこちら >

profile:
楠本和矢(くすもと かずや)

HR Design Lab.代表 兼 株式会社博報堂コンサルティング執行役員。
プロフェッショナルファシリテーター、ファシリテーター内製化コンサルタント、作家。
神戸大学経営学部卒。ファシリテーションを中心とした数多くの企業内研修や、クライアント企業内プロジェクトのファシリテーション業務も数多く担当するなど、名実ともに、日本トップクラスのファシリテーターという評価を得ている。
現在は、生産性向上、ファシリテーションをテーマとした各種講演や、多くのクライアント企業における人材育成のサポートと、実践知に基づく人材育成プログラム開発に注力。
主な著書に『会議の生産性を高める 実践パワーファシリテーション』『人と組織を効果的に動かすKPIマネジメント』『龍馬プロジェクト―日本を元気にする18人の志士たち』『サービス・ブランディング』など。

※本コラムはHR Design Lab.代表楠本和矢の外部取材記事を一部編集したものです

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